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つれづれ草


(株)薔薇画廊
〒104-0061
中央区銀座7-2-4
松尾ビル2階


tel:03-3573-0783
fax:03-3573-0784
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■つれづれ草


  〜 青春の画家・国吉康雄 〜 
   



    国吉の名を思い出すだけで幸福になる。思わず笑みが漂う。

    無心に生きる赤ちゃんと出会った時のような柔らかな頬を感じる。




    国吉の青春の作品というとひらめくのは初期の作品である。



    10代から国吉は大好きな画家であったが、その頃特に円熟期の

    女性像の作品に惹かれた。


    ある一時期、国吉の作品を手元に飾っていた時代があった。

    1925年と1935年の作品であった。月日と共に深く魅せられていったの

    は初期の作品であった。



   
    なぜだろう?・・・

   不思議に思いながらも愛着が

   増していく。

   子供の持つ無邪気さ・無垢さ。

   未来は永劫のごとくふんだん

   にある。
   
   ときめきが噴水のごとく、無意識にあふれ出てまぶしいくらいだ。
   

   絵画には不可思議な力が内在している。

   <見えざる神の手>とでもいうものを、感じるのである。



    10代の時には己が幼かったためか、子供を描いた国吉の作品を見ても

   それほど心に訴えてこなかった。逆に哀愁漂う魅惑的な女性像や高貴

   な哀しさに憧憬した。タバコを吸っている娼婦の作品もあったが、タバコ

   すらどんなアクセサリーより美しいと感じた。



   青春とは渦中にいる時には有難くも何とも無い、鬱陶しい時代なのか

  もしれない。失ってみてはじめて知る、誰にもある尊い目くるめくような

  一時期の産物なのかもしれない。


    画商はある意味で因果な職業である。どんなに好きな作品も本能的

   に商品として見てしまう。好きな作品ほど絵画の良さを理解して下さる方

   に嫁がせてあげたい。せめてもの切ない愛情表現なのである。

   亡くなった初恋の人を偲ぶような、哀切な想いで手放してしまった作品を

   懐かしむ。

好奇心あふれた初期の国吉の作品は

喪失した分身のように恋しい


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