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薔薇の肖像

薔薇で最も美しい・・・それは茎です

三岸節子 デッサン

2004年7月7日七夕様の日、パリで最後のショーをした時の森英恵さんの写真を見て、薔薇の茎の美しさを再認識した。
総立ちして拍手する観客に応えている彼女の手には、長い茎の黄色い薔薇が一輪あった。 薔薇を一輪高く掲げたその姿には彼女の人生、仕事の全てが挿入されていて感動を受けた。そうなのです。
人間でいうなら精神。心なのです。くっきりと天に向かって、まっすぐな茎があるからこそ、薔薇は花の中の女王なのです。

価格の高い花、美しいだけの花は薔薇以外にもあります。名誉、権威、見掛けの美しさ、それだけでは人も花も物足りないものです。

薔薇は、あの茎あってこその 薔薇なのです。
志のある花です。私が一番惹かれる箇所なのです。

なぜ薔薇と名づけたの?薔薇はなぜトゲがあるの?

女の美しさ、カトリーヌ・ドヌーブ
若いころの『昼顔』もよいが、『ヴァンドーム広場』のカトリーヌ・ドヌーブは、凄みのある美しさだ。
人間の尊厳とでもいうものに、圧倒される。薔薇にトゲがあるようなものである。
トゲがあるからこそ、薔薇である。凛と伸ばした茎が美しいのだ。背中の肉も盛り上がり腕も太く、老いは着実に彼女に襲いかかっている。
しかし、美しいのである。
女性の勝負は50歳からである。薔薇の持つ凛とした精神。内面の美しさ。それは無作である。自然で繕わず、ありのままの姿。ドヌーブの射すくめるような厳しい眼差し。皺さえも美しい。生き続けるという強い志。

ヴァンドーム広場にある老舗の有名宝石店のオーナーが経営難で自動車自殺。その未亡人マリアンヌがカトリーヌ・ドヌーブ。18年前結婚する以前に、彼女には愛する男性がいた。どんなに愛しても裏切られ騙された。夫が死に、20年後その男性に会う
「夜すぐに眠れる?」と女は男に訊ねる。
「いや眠れない」
「眠れない夜、数えるの」と女はいう。

絵画の世界もこの映画(ヴァンドーム広場)と同じである。バブル崩壊後、世の中が様変わりし、エスプリの香りも消えたようだ。2003年、小津安 二郎監督生誕100年であったが、生きて おられたら、現在の日本の文化をどう感じるであろうか?

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糸園和三郎 6号油絵

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後藤又兵衛 10号油絵

なぜ薔薇と名づけたの?薔薇の花びら

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中山忠彦 デッサン

オードリー・ヘップバーン

なぜ、花というと多くの人は、薔薇を思い出すのだろうか?

薔薇の花びらは、幾重にも重なり合い、薔薇の形をつくっている。蕾から、次第に開きだしそれぞれが別の花のような美しさをかもしだしている。
オードリーの自然な無邪気さ、作り物ではない清純さ。品性。天使のようである。

なぜ薔薇の花言葉が愛と繁栄なのか?
その由来は別にしても、花びら一枚一枚散っていっても、次々と美しさが浮かび上がってくる。

オードリーも薔薇のような様々な美しさを持っていた。 スターの中のスター。神が地上に遣わした天使。薔薇は大地から切り落とすと、実に早くしおれてしまう。 オードリーも悲しいかな年齢を重ねた美しさには無縁であった。
彼女の特異性は発揮できなかったのだ。神が許さなかったのかもしれない。

なぜ薔薇と名づけたの?薔薇の香り

薔薇は香りまで与えられている。クレオパトラの時代から、香水の役目もしていた。薔薇の酒もある。
なぜ、薔薇に多くの宝石が与えられたのか?花の形の美しさ。茎。とげ。薔薇は四季に咲く。その上香りまで、なぜ神は多くの飾りを薔薇に与えたのだろうか?

西洋では、百合の花が尊ばれている。ソロモン王の栄華よりも、野の花を見よ。と言われたが、その花は百合であった。古くから多くの画家は百合を描いた。薔薇の花を描いた画家は少ない。マリアにはたしかに、清らかな百合が 良く似合う。神に薔薇は華やか過ぎ、敬虔な信仰にも適切ではないが・・・

しかし、神は多くの花の徳を、薔薇に与えた。ほのかな香りのため、薔薇を愛する人は多い。その香りがなかったら、 どんな花になるのだろうか?・・・

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牧野邦夫 10号油絵

薔薇を描いた画家

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児島善三郎 12号 薔薇油絵

児島善三郎
薔薇を描いた作家は、古くから、多い。なぜだろう・・・?
画商になった頃は良く分からなかった。そのうち、薔薇を描いた作品はお客様に受けている事を知った。

私にとって好きな薔薇の作品は、児島善三郎である。だからといって、どの薔薇の作品も好みとはいえない。 梅原龍三郎の薔薇は人気も高いし、花の見事さは素晴らしいが香りが足りない。中川一政は、薔薇の作品が実に、多い。 薔薇というよりも、画家自身の自画像のように思われる。 むしろ、なぜ、一政はあれほどまでに、薔薇を描きつづけたのであろうか?・・・ 薔薇への思い込みは画家、それぞれに違う。

薔薇は美しすぎて描きたくないという画家も居られる。薔薇の花の形の多様さ、品性。茎の尊厳さ。香り、花瓶や、テーブルクロス等の取り合わせ、遊び心のある児島善三郎の薔薇の作品は好きである。 素晴らしい。

薔薇をイメージした作品

池田満寿夫
薔薇をイメージした作品に、池田満寿夫の<バラはバラ>がある。
池田満寿夫をはじめて買い求めたのは、最初の個展があった日本橋の画廊であった。

画家と画商の関係は不思議なもので、好きだからといって親しい出会いがあるとも限らない。 ニューヨークに住んでいるという事で、私にとって作家ははるか遠い存在となった。勿論、外国旅行に行ったことも無い時代である。

この作品は、嬉しくなるほどに私が思っているバラのイメージと同じであった。「そうなの!これがバラのイメージよ!」思わず、私は微笑んでいた。

<バラはバラ>というタイトルも大変気に入った。池田満寿夫は何故、タイトルを「バラ」とカタカナにしたのか分かる気がする。<薔薇>ではなく<バラ>なのである。 靴にバラが無数に描かれている。私にとって、この靴はガラスの靴だった。憧れがたくさん詰まっている、ガラスの靴であった。モダンでお洒落だからと付けたのではない。
さすが池田満寿夫と思わせられた。

作家は何故こんなタイトルをつけたのか?何を表現したかったのか?・・・ 印象は直感的なものである。人それぞれ感じ方も違う。 解説書とは全く関係なく、作品と向き合いながら空想するのは実に楽しい。その後、解説者や作家の言葉を読むと、なるほどなー、と感心したりする。

いろいろな鑑賞法があってよいが、まず自分の感性のまま作品と向き合う事が、一番だと思う。文学と全く同じで作品を読んでから、感動をゆっくりと味わった後、最後に 解説を読む。全く違った読み方や感じ方をした時には文学は更に煌く存在になるのである。楽しみは更に深まる。絵画の楽しみも全く同じだと思う。

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池田満寿夫 バラはバラ

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原 精一 デッサン